こんにちは。NORIです。

現在、会社員。今後はカスタマーサービス分野での経験・スキルを活かして起業したいと思っています。今までの経歴を紹介させて頂きます。

某大学の電子工学課を卒後し、大手のゲームメーカーへ入社

アセンブラ言語でゲプログラミングームを作っていました。大学時代は音楽や映画に深く興味を持っていたので、ワクワクさせるような映像、音楽  で楽しいゲームを作ろうと張り切っていましたが、残念ながら開発部隊はオタクの集まり。なかなか思ったような仕事ができず、1年余りで退職しました。

 

 

 

一部上場企業へ転職。SEの職務に!

大学時代に抱いていた仕事への強いこだわりを見直し、知識・能力を活かして地道な職に就こうとSEの道を選びました。

業務プロセスの見直し、効率化、要件定義・・・と、今、考えると業務でのお困りごとに耳を貸し、コミュニケーションを取りながら課題を解決するというカスタマーサービスの能力を伸ばす土台が、ここでできたと思います。

仕事は順調に進んでいましたが、ここで景気悪化の波に呑まれます。さらに会社の投資ミスも重なり、残業カット、事業部子会社化で年収も大幅減。転職を決意しました。

外資系PCメーカーへ転職。カスタマーサービスへ

ここで初めてカスタマーサービスの職務と出会います。PCサポートの窓口としてSEの時と同じように電話でお客様の問題点を聞き、この時はソリューションなどなかったので、専門書や情報誌を読んだ知識でサポートを行っていました。

この仕事が自分の性にあっていたのでしょうね。テクニカルサポートでは対応数、解決率とも部内で1,2位を争っていました。何よりも、お客様から本当にありがとう』、『助かりました』と言われることが励みになり(純粋に)、どんどん昇給してきましたので、毎日が楽しく、うまく回っていました。

チームをマネージメントする立場になるとともに、エスカレーションされた重クレームに対応することになりました。この辺の内容は、体験談の中でお話しようと思います。

その後、VOCを活かした新サービスの開発、HDDのリコール問題解決などに携わりました。

しかし、残念ながら、PCも海外のメーカーが複数参入し、売上げを伸ばすことができず、日本撤退となりました。ちょうど、その頃に第一子が生まれましたので、とても焦っていたことを覚えています。

その後、大手電機メーカーへ転職、またカスタマーサービスの職務へ

前の会社に知名度もあり、某雑誌調査での顧客満足度No1という結果もありましたので、幸運にも、いろいろな会社から声をかけて頂きました。そして現在の会社のカスタマーサービス職に従事することができました。

複数の大規模コールセンターの運営、組織をまたぐプロジェクトへの参画、CS向上施策の取り組みやVOCを活用したサービスの立ち上げ、本社へ寄せられる社長への苦情の解決も行っていました。こちらもブログの中で事例などを紹介させて頂きます。

次第にCSだけでなく、事業全体を俯瞰できるような職務で力をつけたいと考えるようになりました。

その後、組織は小さくなりますが、インターネットや物流関連の事業に携わり、事業計画や請求関連、収支などにも関わるようになりました。

管理会計の分野においては知識も経験も浅かったので書籍やセミナーなどを通じて知識を吸収し、実践しながら経験を積んでいきました。

異動しても業務改革でプロセスを見直したり、新しいシステムの構築などのプロジェクトに参画して、SEやカスタマーサービスでの経験や知識も活かすことができ、責任あるポジションで充実した日々を送っていました。

再びの試練。脳腫瘍が見つかる!!

しかし、充実した生活は長くは続きませんでした。ここから少し細かい話となりますがご容赦ください。

深夜に帰宅し、床に入って横になっていると”ゴーッ、ゴーッ”と洗濯機が動いているような音に気がつきました。こんな深夜に「迷惑だな?!」と思いつつも、疲れが溜まっていたので、そのまま熟睡しました。

翌朝も起床すると未だ”ゴーッ、ゴーッ”と音がしていることに気がつきました。”おかしいなぁ”と思い、左耳を塞ぐと未だ音がします。

そうです。私の耳鳴りだったのです。今までこのような耳鳴りの経験がなかった為、まったくわかりませんでした。

急いで近くの耳鼻科へ行くと手に負えない事を告げられ、総合病院へ紹介状を書いて頂きました。総合病院ですぐにMRI、血液検査を行いました。

医師から話を伺うと『神経が集中している辺りに聴神経腫瘍があり、それが原因で耳鳴りが発生している』とのことでした。腫瘍自体は悪性ではないが、大きくなる可能性があり、危険とのことでした。またこれからも耳鳴りやめまい悩まされるので、なるべく早く手術をした方がよいということでした。

まだ小さい子供と妻のことが頭に浮かびました。私は「これからどうしたらいいのだろう」と思い、愕然としました。

総合病院から近くの大学病院を紹介頂きましたが、命に関わることでしたので、本やネットで名医を探すことにしました。

その時はTVで名医を紹介するような番組などなく、藁にもすがる思いで、書籍やネットで名医を探しました。

結果、自宅から片道3時間圏内で4人ほどの名医と呼ばれる医師を探すことができました。

まず初めにネットで見つけた名医へ紹介状とMRIの写真を持参して伺うことにしました。

手術この手術は失敗する可能性もあり、大変な後遺症が残るケースが多いようでしたが、この病院のHPの名医のデータでは「成功率98%、後遺症もほぼ0」と記載されていました。

早速、病院へ足を運び、MRIの写真と状況を説明したところ、『負け戦はしたくない』という言葉が返ってきました。

医師は人を助けることが使命と勝手に思い込んでいた私にはその言葉は本当にショックでした。

そうです、成功率が高いのは”失敗する可能性のある手術はしない”ということだったのです。

私たちはあきらめずにその他の名医へ話を聞きに行きました。幸いにも、その他の名医方々は手術までの段取り、後遺症の可能性、術後の診断、家族の心構えなどをきちんと説明頂きましたので、安心することができました。

そして、自宅から無理なく通院できる病院で手術を行いました。しかし、残念ながら腫瘍の摘出には成功したものの、左耳の聴力を失い、左の顔面・声帯にマヒが残ってしまいました。そしてその後、頭痛との闘いは何年も続きました。

社会復帰のため、ペインクリニックへの通院や発生練習、軽いジョギングを続け、徐々に頭痛も軽減して、声帯や運動機能も回復し、何とか普通の生活を送れるようになりました。

そして仕事にも復帰。聴力を失った不便さはあるものの、今では腫瘍ができる前のように仲間とテニスをしたり、飲みに行ったりと周囲から見ても大病を患った人には思えないほど回復することができました。

今の生活、仕事が続けられているのは、家族や仲間そして会社・職場のメンバーの理解と温かい支援のおかげと感謝しています。

こんな私ですが、今まで培った問題解決の経験と知識、そして多種多様な人との関わりから生まれたノウハウなどを紹介しながら、コミュニケーションを使って、皆さんがこれから楽しい生活が送れるように少しでも、お役に立ちたいと考えています。

また同じ病で悩まれている方にも、参考となるような、そして少しでも、不安を取り除く情報が提供できたらと思います。